企業の採用について

ここ最近、企業の採用は今のままで良いのか?と疑問になることが結構ある。僕らは企業の採用支援を行っているけれども、僕らが提供しているサービスは何十年も大きく変化しておらず、企業の採用手法も多少の変化(ex.オープンセミナー、海外ロードショー、採用システムの複雑化)こそあるが、大きなスケジュールやどういう人材を採るか?といった根本部分はほとんど変わっていない。


一方で企業を取り巻く環境は大きく変わっている。経済は何もしなくても高成長する時代から低成長時代に。マーケットも日本国内からグローバルに。M&Aにより社内には多様な価値観が生まれ、多様な人事評価制度、年金制度が生まれている。それなのに、企業には日本国内の学生を毎春入ってきて、一律で育てる習慣が変わらず存在している。今の採用担当はそれで良いと思っているかもしれないが、日々厳しい競争環境にさらされている現場からしてみれば、春から新しい人材を育てるのに日常業務とプラスしての業務が発生することになり、たまったものではない。しかも今までの事業が一変して収益が上がらないものとなり、早急に新たな収益の芽を探さなければいけない環境下において、毎年まっさらな学生(人間的な魅力はあるかもしれないが・・・)を採用することに関しても当然疑問は浮かぶはずである。


研究室から一本釣りをされる専門特化した上位校の技術系の学生では無いが、文系の学生にも学んできた学業・スキルに応じて配属先を用意する仕組みは無いものだろうか。また、毎春一斉に学生を採用することを非常に効率的で、その後の綿密な研修・教育計画をスケジューリングする意味では良いかもしれないが、もしかすると少し就職活動時期が遅くなってしまった優秀な学生も存在しているかもしれない。そんな学生を取り逃がすという懸念は無いものだろうか。


このように同じ採用手法が定着しているのには、就職会社やメディアがそれを推奨しているという問題点もあるが、企業の『採用〜教育〜配属〜評価』の制度がそもそも時代後れのままになっており、多様な人材確保を柔軟に実現できないようになっているからかもしれない。


僕は各社の制度がどのようになっているかは知らないが、大手企業ほど長い間制度を運用しているため、管理部門も縦割りでいろいろな組織ができあがり、色々な利害関係や部門の形骸化した取り決めが存在しており、入り口である“採用”だけ大きく仕組みを変更できないのでは無いだろうか。


最近、企業の各拠点を研修でまわった時に、現場の反応を見て、そんなことを感じた。今の企業の採用手法やその後の教育・研修、評価制度は非常に硬直的だと思う。これからよりグローバルになり、激しい競争に晒されていく中で、そこは必ずネックになっていくはずである。


実務をこなしている採用担当はそんなことを考えないかもしれないが、今後への提言として、僕らがそこに何かしら言えることは必要になってくると思う。採用は“良い人を採る”だけではなく、『組織を活性化し、企業の発展につながるもの』ではなくてはいけない。だから、採用は組織的に解決しなければいけない問題だ。それが最近の自分のテーマ。


僕が入社して所属していた事業部は今は無くなっているけれども、そこのメンバーとして数ヶ月に渡って策定した事業部の理念、『人と組織の活性化により、企業の発展をともに目指す』はまだ自分の中で活きている思う。